3月13日、センチュリー練習場指揮者控室にて練習後に、
金聖響氏にザックバランなお話をお伺いしました。


-CONTENTS-
音楽を始めたきっかけは?
絶対音感
家庭の音楽環境は
音楽家を目指したのはどうして?
音楽の原点・ベートーヴェン

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金聖響さん(以後K):久しぶりのインタビューですね。さあ始めましょうか^^)
インタビュアー(以後I):何喋ったら良いんでしょうか?
K:いつものように、ほらみんなで酔っぱらってた時みたいにお喋りすれば良いんじゃない?
(インタビューをする方とされる方が逆転しています(笑))
I:ええ、それでは・・突然ですがその髪の毛いつ変えられたんですか?
K:確かこの一月はまだ金色でしたよね・・・「新世界」のときは年末年始忙しくてまだバサバサのままでして、
その後都響と九州へ行く前に地毛に戻して切ったんですよ。
今ももうほとんど半分くらい地毛かな?
[音楽を始めたきっかけは]
I:次に音楽を始められたきっかけを聞きたいのですが
最初どのようにして楽器を始められたんでしょう
K:一番最初は確か自分からヴァイオリンをやりたいと言ったような記憶があります。
N響アワーかなにかの番組をテレビで見ているときに母親が「楽器何やりたいの?」って聞いて、
「僕、これやりたい」という感じでヴァイオリンを指さしたんだと思います。
でもね自分がその映像を見ていた記憶はあるんですけれど
「これをやりたい」って言った記憶がないんです。

後に13,14才になってアメリカでヴァイオリンやめたいと言いだしたとき母親が
「何言ってるのあなた自分からヴァイオリンやるって言ったんでしょ」
て怒られた覚えがあるんです。

K:ただそれより前、自宅の応接間で発表会か何かで足も届かない格好でピアノを弾いている記憶や
エリーゼまでも行かないような子供用の簡単な分厚い楽譜を前にピアノを弾いて
いた記憶が残っていますね。
でもどちらも「厭な」記憶ですね。
ほら子供って練習は厭でしょ。
二つを平行してやっていたわけだけれど9才の頃にどちらかに絞るということでピアノを止めさせられヴァイオリンだけにしたのです。
特に今ピアノはそのまま続けておけば良かったとつくづく思います。
これはもうしんどいくらいに弾けないんです。
I:それじゃスコアリーディングの時大変ですね。
K:そう、右手で単音で弾いている時は良いんだけれど左手でコードを弾こうとするともうダメ。
この音とこの音がぶつかってるんだって確かめる時なんてのはもう完全ド素人の世界。
楽譜を読んで頭の中で響かせるという作業はピアノを使わないからかえってシャープになったかもしれない。[back to Top]
[絶対音感]
I:じゃあ絶対音感はどうなんですか?
K:僕ありませんよ。完全移動度!
I:本当ですか?
K:ある音からその他の音に移っていくのは絶対大丈夫なのだけれど・・・
I:でもヴァイオリン弾いていたときはあったのでしょう?
K:その当時はバリバリにありましたよ。ヴァイオリンのように自分で音作らなければならない楽器を
やってる時はあったんだけど、生まれつきには持ってないですね。
絶対音感って別にいらないでしょ。
細かい音程間隔をちゃんと聞き分けられたらそれで良いと思いますね。
でもだいたいならわかりますけれどね。

例えばラはこれくらいかな?
「ラ〜〜〜」(声出して高さ確認)

I:ハーモニーの中で音が取れれば良いわけだしね。
K:そう。物心ついた頃がその頃だったのと違うかな?
13才、アメリカへ行った時、もう楽器止めると言っていたのに両親がもうオーケストラへ入れると決めてたんだ。
でオーケストラの前で一人でバッハのヴァイオリン協奏曲弾いてオーケストラに入りましたね。
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[家庭の音楽環境は]
I:お母様は歌をやっておられたんですよね?
普通の生活の中、家の中では音楽はあったんですか?
K:ありました。一番古い記憶では母が持っていた大量のフルトヴェングラーのレコードをよく聞いていました。
(ベートーヴェン五番の一楽章の)ダダダダ、ダダダダ、ダダダダ・・・・♪
っていうところが好きでそこばっかり聞いていたり
レコード針をガリガリと盤にこすりつけて思いっきり母に怒られたりね・・・

何歳の時だったんだろう? 池田の室町に住んでいたときだから・・・・

I:池田の室町と言えば今NHKでやっている朝の連ドラの「テルテル家族」の舞台に近いですよね。
K:そうそう、僕がいたのは川縁の九丁目だったからほんとそばですよ。
でも時代は少し後かな? まだインスタントラーメンがなかった頃でしょ?
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[音楽家を目指したのはどうして?]
I:その頃から音楽家を目指しておられたのですか?
K:家の中では音楽が流れてたけれどそれは単に聞いていただけだったし楽器はいわゆるお稽古事として練習していただけですね。それより手に良くないと言われながら野球やサッカーしたり駄菓子屋行ってパチンコ買ったりする方が楽しかった。

小学校・中学校と進んで神戸に移ってからもサッカーやプラモデル、Nゲージっていう鉄道模型に夢中でした。

特に中学に進んだ頃は全く勉強しなくなって学校ていうのは「国際学校」だったから全て英語だったんですけれどそれはひどい成績でガターンっと落ちましたね^^)

日本語喋るなと言われても平気で喋って先生に怒られたりもしましたね。
その当時の僕って基本的に自分が興味を持ったものには徹底的に集中できるけれどそうじゃないものは徹底してやらなかった。

K:中学から大学に至るまで学校生活というものを一度たりとも楽しいと思ったことはなかった。
面白いなと思う人はいたけれども尊敬できてこの人に何かを習いたいと思える人に出会えなかった。
面白いと思うことは自分で見つけないといけなかった。
人の話を聞かない子だった。

ところがはたと気づくと自分の父親がとことん物知りで実は尊敬していたんですね。
だから家の外で誰に会っても惹き付けられない。
大学へは最初物理で入ったのですが物理博士だった親父を越えられないことに気づいたんです。

I:当時お父様は圧倒的に金さんを凌駕していた?
K:いえいえ今でもそうです。
そういうわけでこの人のやれないことで自分が好きなことってなんだろうって考えたときそれが音楽だったんですよ。
でも親父は僕が音楽の道に進むことには反対でした。
自分自身音楽は好きだけど息子が音楽の道に行くとは思ってなかった。
だから大学時代は父を越えることができないっていう尊敬から自分を理解していないっという反発に変わった時でした。

でも親父を越えている人は周りにいなくて誰に会っても「安い」って思ってしまっていましたね。
この人凄いっと思えたのはただ二人。
その内の一人が哲学の女性の先生でそれがきっかけでその後哲学科に入ったんです。
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photo by yoko
[僕の音楽の原点・ベートーヴェン]
K:そうして3年の時に政治哲学を専攻していたときに
「医者や弁護士になってから音楽をやればいいのでは」と親から言われて迷っていた。
その時の教授に自分の胸の内を伝えたところ、先の進路を一緒に考えてくれて
「もうそれは音楽しかないのではないか、医者や弁護士に失礼だ」と
言われてさらに半年ほど悩んでいた時期、
ボストンのニューイングランド音楽院の作曲科の日本人の学生で
僕がウェイターしていたお店に良く来ていた女性が指揮科の入学手続きの斡旋を
してくれたんです。

それから一週間もしない内にピアニスト2人用意してくれて
ビデオカメラを前にしてピアノ二台相手にベートーヴェンの2番を指揮するとこ
ろを撮影、編集。
それを提出した所入学許可されたんです。

ベートーヴェンは僕の原点と言えますね。
だからレコーディングもベートーヴェンから。

I:そのビデオは今でもあるのでしょうか?
K:多分どこかにあるでしょう。でも指揮の勉強なにもしないままただ闇雲にワーッと
振っているだけのですし、もうこれは絶対門外不出。
I:そう言われるとよけいに見たくなる(笑)
K:それで大学院に入って一年近く勉強してからようやくオーケストラを振る機会が
訪れたのですがそれがやはりベートーヴェンの「エグモント」

だからどうしても何か節目節目にベートーヴェンが来るんです。
録音はベートーヴェン2番だったし東京デビューは7番でした。

僕のクラシックの原点にはベートーヴェンが来てますね。
考えてみるとベートーヴェンは僕の「音楽の父」にあたるものなのかもしれませんね。
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K:僕が大学入る直前でしたがうちの親父は研究一筋の学者だったので、
それだけでは生活ができなくなる危機に直面したことがあったんです。
その時に親父が凄かったのはそれから十数年の間自分の研究をとにかく横に置いて
依頼された会社の顧問になって家族の経済的な危機を救った事です。
K:911のニューヨーク国連ビル・テロ事件は忘れられませんね。
ちょうどその直前に親父は日本に来て9月16日の僕の都響とブラームスの本番を聴いてから
アメリカに帰るはずだったのが件のテロ事件でしょ。
16日の朝に僕の演奏会聴かずに帰国したんです。
911後閉鎖されていた空港が再開された最初の日です。

それくらいその時は切羽詰まっていたようですし、それからというもの親父の所のような中小企業はテロ事件の影響による不況の影響をまともに受けて経営は大変になって来ました。
親父は今61才になりますが、60前に体をこわしたので僕も生活できていることだし会社はたたんでゆっくり休んでくれるように言って
今はアメリカで隠居生活、ゴルフと残務整理をしています。

I:ところでオーケストラ曲以外ではどのような種類の音楽がお好きなんですか?

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[インタビューはまだまだ続きます!続きは追ってアップします 乞うご期待!]



金聖響さんの前回のインタビュー記事はこちら

指揮者「金聖響」さんのホームページはこちらです。

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interviewer:yoko,yuko&kaz.
photo:yoko & kaz.