正月明けの1月10日、シンフォニーホールでの「新世界」の練習後に、
4月より専任指揮者となる若き金聖響氏に、ザックバランなお話をお伺いしました。





大阪センチュリー交響楽団練習場指揮者室にて 
聖響氏の前には、何も書き込まれていないスコアがおもむろに置かれていました。

-CONTENTS-
聖響氏ってどんな人?
アメリカに移住して
ヴィーンにて
ちょっと難しい哲学的なお話
持ってる頭、ちゃんと使わな!
超モダンをめざして
知性と感性のバランス

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[超モダンをめざして]
K:それを踏まえて、18世紀のスタイルで19世紀の音楽を、そしていずれは18世紀の音楽を当時のスタイルで演奏したいと思っています。ベートーベン・ハイドン・モーツァルトなんかを。
今、日本で演奏されているモーツァルトやハイドンは、自分としてはちょっと違うように思います。
阪君が一昨年かなりシビアな練習で作り上げていった第九の演奏は本当に素晴らしかったし、
同門の下野君(竜也氏)も必死ですし、仲間達皆で今までの悪しき伝統のスタイルと違う、原典に戻った古典演奏をしようと格闘しています。
I:どうしてそういう風に曲がってしまったのですか?
K:いえ、それは決して曲がったスタイルと言うのではなく、演奏習慣なんで、間違ってはいないと思いますよ。
20世紀に確立された演奏習慣は素晴らしいと思うけれど、
それは20世紀に存在したカラヤン・バーンスタイン・フルトヴェングラー・
クレンペラ・ワルターさん達のような、
物凄く個性の強い音楽家から生まれたもので、僕は彼ら全員素晴らしい音楽家だと思っていますが、
あそこまでの世界を凄い説得力をもって、今は作れないのではと思います。

僕らも同じように真似しても、同じような凄いものは出来ないですよね。
例えば1951年のバイロイトでのフルトヴェングラーさんの第九はすごいものだと思いますよ。
でも、第9の第4楽章の冒頭のチェロ・バスの部分はイン・テンポと書いてあるのに、どうしてイン・テンポじゃないのでしょう?

レチタティーボのキャラクターで、でもイン・テンポでとフランス語で書いてあるんですよ。
彼がフランス語で書く時は、凄く強烈な意味を込めて書いているんですよ。
それを、先日の都響の演奏会でやって、かなりの反発を受けました。
結果的には「間を取った」という形で良い綱引きが出来ましたけどね。
I:センチュリーは高関さんの第九で、イン・テンポでやっていますよ。
K:今のオケは両方の演奏が出来なければいけないと思うけれど、僕はセンチュリーに関しては、
そういう古典スタイルと言うものを主体に考えてやれるオケであって欲しいと思うのが、僕の切なる願いです。
それでもって、メンデルスゾーン・シューベルト・モーツァルト・ハイドン等、ちゃんとした形として提供できるオーケストラという1つのカラーを作れると思います。

大阪には4つ、日本には沢山のオーケストラが在るけれど、大阪に行けばセンチュリーでだったら、こんな古典が聴けるよ。みたいな・・・
I:これからの生き残りを賭けての、最優先事項ですね。
K:オーケストラ自体が、うちの演奏はこうっていう特徴持っていないと、お客さんも来なくなっていくし・・・
I:今はやっぱり指揮者の力つて大きいですね。
このオーケストラが好きで聴きに行くというのではなしに、この指揮者だから聴きに行くというのが多いようですね。
K:そういうのも含めた上で、僕はセンチュリーを聴きたいと思ってもらえるのが一番いいなぁといつも思っていて、
でも、それ以前にこの作曲家の曲を聴きたいとも思ってもらいたいです。
僕の演奏会は、見に来ないで欲しいなァ・・・

やっぱり、作曲家あっての演奏家な訳で、作曲家が身を削って書いた物をお借りして、
必死になって彼らの為に演奏するというのがあるべき姿で、僕達は黒子だと思うんです。
そういう僕達が偉そうにしているのは、僕は良くないと思っていて、
とにかくベートーベンならベートーベンというものを再現したいなァと思っていますね。

K:彼が思い描いた世界って、結局最後まで(本当に)判り得ないけれど、死ぬまで模索していかなければならないんですけれど、
それを一生かけて実現していきたいな。
ですから、現代楽器で古楽器奏法をしていくのは、一つの案です。
これから全部こうなっていくとは思っていませんし、実際、古楽器でそういう事をやる団体が増えてきた中で、
現代楽器でそういう事をやる意義はどこにあるのかという意見もあるし、確かにそうですけれども、
現代と言っても、当時18〜19世紀始った頃は、今の楽器の原型や古楽器などいろんな楽器がグチャグチャに混じっていた時代があるんです。
ちょうどベートーベンが自分のシンフォニーを自分で振っていた頃。
だから僕は、バロックティンパニーも入れたいと思っていますし、ゆくゆくはバロックラッパも吹いて欲しいと言っています。
シュトゥットガルトのオーケストラなんかはロジャー・ノリントンが既にバロック楽器と混ぜて演奏していて、まぁいろいろと
議論になっているらしいけれども。
I:僕もそういった演奏を先日聴いたのですけど、バロック楽器とモダン楽器の音の出方の違いに、物凄い違和感を持ったし、
演奏法もバラバラでオーケストラ奏者の殆ど全員が??で弾いているのが伝わってきました。
K:今、時代の変わり目で、新しい世代で新しい試みをして、力及ばずして残念ながら失敗に終わる事も有りますが、
僕はやる事に意義があると思うので、それはそれで存在価値があると思います。
その中で違うスタンスで物事を捉えるという、さっき言った多角的な物の見方をし、
そこで新しい発見が出来る可能性もあると思うし、
そういう意味では常に挑戦している姿勢としては、間違っていないと思います。
例え、方向性が一瞬間違っていたとしても。まぁ、そうやって迷いながら何か掴めていければと思います。
K:記者会見の時に「これは、大失敗に終わるケースも大いにあります。」とはっきり申
し上げたのですけれども、
やる事に意義があり、1年・2年・3年と続けている事を考えています。
それを踏まえた上で、皆さんにはチケットを買って頂いて、出し物としては出来る限りの事をしていこうと思います。

この記者会見は、10月だったので、まだオーケストラのメンバーには何もお話できていないのですが、
そういうメンタリティーの部分や考え方・奏法の事とか、いっぱいお話する時間を設けるべきだと思っているし、
そこらへんの意識改革という意味で僕がお手伝いできる事があればいいなと。

まずそこから始って、そしてそれをやっていくうちに、この響きが癖になったら、きっと病み付きになるはずですよ。
演奏している僕達がいちばん楽しんでいたらいいと僕は基本的に思っているので。
自分達が、納得して楽しんで弾いていたら、お客さんは絶対ついてくるから。
I:それは説得力ありますね。
K:はい、物凄くありますよ。先程仰っていた演奏じゃないけれど、弾いているメンバーが???と思いながら弾いているのでは、
お客さんも「あー?なんだなぁ」と覚めた目で見てしまいますし、
逆に「何か、こいつら熱いやん!」という時も伝わりますよね。

だから僕自身がどこまでオーケストラのメンバーを説得できるかと言う事と、どれだけ協力して貰えるかという点にかかっていると思いますが、
まあね焦らず、急がず、1つ1つやって行きたいなァと。すぐに結果を得られるとは思っていませんので。
そういうちょっとした練習の過程も面白いなぁと思って頂ければね張り合いも出ますよね。
僕はいつもセンチュリーに来るの楽しみにしていますから。
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I:高関さんのベーレンライター版のベートーベンチクルスの試みの時も、始めは結構皆??だったんですよ。
K:へぇ〜。僕それ一度も聴いていないんですよ。聴いてみたいな。どのくらいの期間かけたんですか?
I:2年かけて、CDにも録音しました。いずみホールで。
はじめの頃は、なかなか理解できなかったのですけれど、最後の第九の頃には、高関さんのコンセプトを理解して弾いていたように思えます。
残念ながら判りかけてきた時に終わってしまった感じですけれど・・
K:僕のやりたい事は、高関さんがセンチュリーで築き上げていった事がベースになると思います。
そういう意味では、凄くラッキーですね。ゼロから始めるのではないので。
そこにあと、アーティキュレーションやフレージングを変えていったり、もう少し僕は大袈裟に作っていくと思います。

あと、大切なのは、20世紀を忘れてはいけないと言う事です。20世紀の音楽の充実度は、ある種異常だったでしょ。
音楽体現みたいな世界が、特に戦後戦前はあって、そこから残念ながら衰退していくんですけれども。音楽家が変に裕福になりすぎて。(笑)

だけど、音楽の有機性というものを,単純に経験知無しで、パーンと聴いた時に、ここに(胸に)飛び込んでくる凄まじい力は、
今もなお残っているはずなんですけれども。
学術的な部分とか18世紀がどうのこうのというところで、古楽器のアンサンブルを聴くと、いつも物足りないと思うところは、そこ。
I:ということは、20世紀の人間を相手にしたアプローチの仕方?
K:結局それは間の取り方だとか、呼吸があったりとか独特の音楽の雰囲気作り。
ヴィーンなんかは、特に凄くそれをやっていますよね。
多分ヴィーンは18・19世紀を経て、今のヴィーンが在り、すごいなぁと思うのは、その部分が生きているからだと思うのですよ。
それをもう少しはっきりと、18世紀のスタイルというものを、それは演奏の音を出すプロセスの視界ですけれど、楽譜の読み方ですよね。
このポイントによってかなり違うじゃないですか。

8分音符スタッカートの羅列の仕方ひとつとっても違う、
アーティキュレーションの仕方、ボウイングの仕方から、音の発音の仕方から全然違う。
そういう事を20世紀の究極の音楽体験、エネルギーの高揚感みたいなものを、同じように融合させる事が出来たら、超モダンですよね。
モダンじゃなく
て、超モダン!!ですからね。
僕はだから古楽器奏法によるなんていうことは、まぁ、チラシには書いてあるけれど、ちょっと待ってという事です。

真似じゃないから。真似は考えていないから。
I:昨年個人的にこの新しい試みのお話を聞かせてもらった機会に、いちばん私が聖響さんに納得のゆく答えをもらったのは、
ノンビブラートにすることによって、楽器本来の音(ビブラートで誇張しない)を出したいということだったのですけれど。
K:当時の楽器で奏でられた音を現代楽器を使って再現しようというのが、基本形なんだけれども、同じような音は出ないんですよ。
だけど、古楽器を使った当時は、左手のバリエーションより、右手(弓)のバリエーションのほうが絶対多かったんですよ。
今は、右手より左手を重視しますよね。その点の意識を切り替えるだけで、違う事が出来る。
それをどこかで現代奏法というのは放棄しているように思えるんです。

当時のその奏法により、いろんなバリエーションのあるアーティキュレーションの扱い方、
フレーズの作り方というのを、そのままそっくり現代楽器に使ったらいいのではという事なんです。
別に普通に演奏するだけなんですけど、要はただ18世紀と言ってしまわない限り、
奏法の違いが聴いている人達に判らないところもあります。

ただ18世紀の響きはどうだったのだろう、どういうフレーズの作り方で、どういう和声感があったのだろうか
と言う事を追求したいです。
18世紀当初の、あれだけ鳴らない楽器を40人集めて、D dur鳴らすのと、B dur鳴らすのと、はっきり音色が違うんです。
ガット弦で鳴らしたら一発で判りますよ。
はっきりとB durでは、曇った音色でそして柔らかいから。自然とB dur=ドル
チッシモですよ。でも、D durは明るいです。明るく聴こえます。楽器がそう出来ているから。
現代楽器になって、それがね殆ど彩りが無くなってきちゃったの。
I:どの調性でも音が鳴りやすいように、楽器が改良されてきたのですね。
K:とにかく一杯鳴るようになっている。それは間違いでは無いかもしれないけれど、本来書かれたものではないのではと。
まぁ、企画に関しては、そういうアプローチでもって、超モダンをめざそうと。
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[知性と感性のバランス]
K:ところで、ドイツ・カンマーフィルって聴きました?
あれは、すごい事やってるの。現代楽器であそこまでやったのは、凄い!! 是非皆さんに全員に聴いて欲しいです。
僕は、あれをモデルにしてもいいと思う。
I:何をやっているのですか?
K:ダニエル・ハーディング(録音当時、25歳です!)が、ブレーメンの室内オーケストラで、
ブラームスのシンフォニー3・4番、ベートーベンの序曲集をノンビブラートの古楽器奏法で録音したのですけれど、
テンポ指定云々も然りですけれど、音作りやね。
完全に音楽作りと音作り、音楽の有機性プラス音作りが、絶妙なバランス!
実は、彼とは友達で、EMIから出たCDのライナーノート書いたんですけれども、
彼の音楽作りなどの話を聞くと、すごく納得する。でも、決してこれは真似でもないんです。
I:そうですね、真似だけをしててはいけないですよね。
K:やっぱり、アーノンクールもいるし、ガーディナーもいるし。
ガーディナー、ノリントンは、現代楽器を使っていない。
まぁ、ノリントンは最近古楽器と現代楽器を融合させて使ってるけど。
アーノンクールはノン・ビブラートとはあんまり言わないんです。
I:先日テレビで、チューリッヒ歌劇場でモーツァルトのフィガロの結婚を彼が振っていたのですけど、
ノンビブラートではなかったですね。
でも、テンポ感が、多分あれが古典の演奏なのでしょうけれど、2001年に私達が、阪さんで弾いた物凄く速い
フィガロに比べて、この部分こんなにゆっくりなの?って感じで・・・
K:急に露骨にアーノンクールはそれを(テンポのこと)を提唱するようにしてますね。
物凄く判りやすいですよ。ちょっとやり過ぎかなぁ?という部分もあるとは思うのでけど。
でも、彼のやっている意図はすごく掴める。
”えっ、こんなにゆっくりなの?”とか”こんなに速いの?”とか。
I:聴いてて”えっ?”と思ったけれど、全幕を通して聴くと、”あ〜なるほど”と納得させられました。
K:あの人は、バランス感覚が異常にある人なのね。相対的に物事が見られる。
でやっぱりヴィーン・フィルに受け入れられるのですよ。
あと、彼はここはノン・ビブラートでとか、ビブラートでとかはっきり言うし。
ここはエスプレッシーボだから、目一杯あっていいよとか。
昔の楽器はビブラート出来なかったわけではじゃないですか。

でもそういう事より、音楽の作り方やアーティキュレーションを、かなりうるさく言うんでしょうね。
表現をする間の取り方から、ルバート、アウシュピーレの仕方なんかすごいもんなぁ!全部理に適っているし、全部言葉みたいやし。
ダニエルなんかは、これのもう少し油の取れた、すごく洗練された感覚。
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I:そうそう、なんか天才という感じ。私達が、同じシチュエーションで同じ事をしても、絶対あの様なものは作れないなぁという感じでした。
きっとあのメンバーとダニエルだったから、ああいう演奏に成り得たのでしょうね。彼らにしか出来ない・・
K:特にあそこは名手が揃っていて、木管が恐ろしくうまいんですよ。
I:プレーヤーが自分の言葉で喋っているが如く?
K:イヤーね、もうねブラームスの3番聴いて貰ったら判るけれど、もうビックリしますよ!
I:じゃあ、今日の帰りに早速買って帰ります(笑)
K:序曲集もキヨーレツですよ。
彼は有言実行タイプなので、全部話し聞いたけど ”あ〜、やられた〜”て感じです。
I:エッ?
K:いや、僕もうこれ二年以上暖めていたのに、先越された!
やる機会が無かったので。
それが、シンフォニーホールの林さんがこの企画にのって下さったのと同時に、センチュリーの専任の話があったので、
これはある程度我が儘聞いてもらって出来るチャンスかなぁと思って。
I:あとはどれだけメンバーを納得させることができるかですね。
K:僕がね。
I:それは言葉だけでなく、どうやって表現で説得できるか。
さっきあった知性と感性のバランスがとれていたら、僕達も納得できる。
K:絶対そうやと思う。
I:私達の方は、知性で弾くという部分が欠けている所があるので・・・(笑)
K:それはこれからつけて行ける物だと思う。皆さんが率先して各々で考えて来る。
やっぱりもっと資料を読むとか、演奏を聴くとかというプロセスを辿って頂かないと、僕は絶対無理だと思う。
参考になるものは山ほど有る訳ですから。一生勉強ですもん。
これって僕も含めてですけど。それは一緒に皆さんにやって頂きたいなァと。
だって演奏する責任があるんだもん。
I:プレーヤーって一生勉強だと思っていても、年とったらテクニックは衰えてくるし、
弾くテクニックを磨く事の方に一所懸命になって、知識をつけるとかいろんな必要なものを身に付けることが、どうしても後回しになりますね。
K:僕はね強要する気はないけれど、生活のバランスというのも、さっき言った自然体とバランスの感覚という意味では、
何か変わっていくきっかけをこうやって一緒にやっていくことで共有できたらいいなぁという部分もあるんです。

実は、こういう話、オーケストラ全員に知って貰いたいんですよ。
そういう話をする機会を持ちたいし、疑問があったらいつでも聞いて欲しいです。
僕はいつでもオープンですし、また全員のいる所で、ご質問など承りますという場も設けたいと思っています。

僕が今まで傍から見ていたポジションのある指揮者とオーケストラに対してどういう
姿勢をでいたかというのを見ていて、すごく寂しいなァと思っていたんですよ。
客演に毛の生えたようなものでしかないと。

もっと僕だったら立ち入った所にいくけどなぁ とアシスタントしながら思いました。
それなりにエネルギー送ってもらえるし、こちらも送らなきゃいけないので、お互いにしんどい事は確かなんですけど、
両者の隔たりを日本のオケでは感じるんですよ。
棒振りとの距離って、もっと近い所にあっていいんじゃないかなぁって、いつも思う。
I:まぁ、毎回次々と違う指揮者と仕事していかなくてはならないので、わざと距離をおいて、いちばん合わせ易いところを保っているところもあるんですけれど・・・
プロはそういう集団でなければいけない部分もあると思いますよ。
K:もちろんそうです。礼儀の部分はそれで良いですし、そういう関係である方が楽なんでしょうね。
自分も客演に行く時は、それくらいの距離感で心地よいのですが、でもポジションを与えられているのであれば、
それなりの距離感は縮まるべきであると思います。
そういう意味では、僕はAny time OKですから。

プレイヤーさんがそれに対して、どう反応して貰えるかですよね。全体を通して普通に会話できるようになっていければいいなぁと。
ただ、棒振りとプレイヤーという立場は、絶対変わらないから、
そういう綱引きも馴れ合いになったら絶対いかんとは思いますし、
すごく難しいところですけれど、多分センチュリーでは、全然大丈夫だと思います。
I:そうですね、9月の聖響さんの定期の前に、4月からのシンフォニーホールでの聖響新浪漫派の4回シリーズの演奏会、楽しみにしていますので、よろしくお願い致します。
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[インタビュアー後記]
実は、まだまだ話は盛り上がって、なんと延べ2時間半 !! ( 誰が編集するのでしょう!)
また次回のインタビューでいろいろお伺いします。

新世界の本番の日の1月12日は聖響さんの33歳のお誕生日!及川さんのピアノとオーケストラによる、ハッピーバースデイで、この日のゲネプロが始りました。




失われしロマンを求めて・・・
聖響「新世紀浪漫派」

平成15年4月13日(日)午後3時開演
平成15年7月21日(月・祝)午後3時開演
平成15年10月13日(月・祝)午後3時開演
平成15年11月30日(日)午後3時開演
ザ・シンフォニーホール
指 揮 金聖響
管弦楽 大阪センチュリー交響楽団
主 催 朝日放送
問い合わせ ザ・シンフォニーホール予約センター 06-6453-6000

<曲目> 4月13日
【シューベルト】交響曲第7番「未完成」/交響曲第8番「ザ・グレイト」

7月21日
【メンデルスゾーン】交響曲第4番「イタリア」/ヴァイオリン協奏曲/交響曲第3番「スコットランド」・・・アナスタシア・チェボタリョーワ(Vn.)

10月13日
【シューマン】交響曲第4番/ピアノ協奏曲/交響曲第2番・・・及川浩治(Pf.)

11月30日
【ブラームス】交響曲第4番/交響曲第1番

 ※各1回券は12月15日から発売・4公演セット券は発売中



指揮者「金聖響」さんのホームページはこちらです。


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interviewer:akiko,chika&kaz.
photo:tomoaki