第16回いずみ定期演奏会練習2日目インタビューさせて頂きました。


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オーディション

幼少時代の教育
ピアノのお稽古
指揮者
教育
今回のプログラム
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(インタビュアー):今日は練習終了後のお疲れのところ、またこの後7時からは定期会員対象のサロンが控えているにもかかわらずお時間頂き恐縮です。
(沼尻)トロンボーンの近藤さんとは昔からの知り合いなんです。
僕が昔東京フィルハーモニー交響楽団の副指揮者のオーディションを受けたとき38人の応募者の中から最後の4人には残っていたんですけれど、最終的には落とされたんですよね。
当時副指揮者だった円光寺さんの後のポストなんですけれど。


でもそのお陰でドイツへ留学することになりその後正指揮者として戻ることになったんですからおかしいですよね。
I.T:そのときのオーディションを聞いていたんですけれど
彼はピアノが抜群にうまくて印象に残ってます。
(インタビュア注:I.T=近藤さんは当時東フィル楽団員でした)
東フィルの副指揮者ってオーケストラの中でのピアノも弾かなきゃならないからピアノの試験もあるんです。
I.T:僕はねその副指揮のオーディションが終わってすぐベルリンに飛んでいってて、一週間くらいしてからベルリンフィルハーモニーのホール、「フィルハ ーモニー」の前のバス乗り場からバスに乗ったら沼尻君とばったり出くわしたんだよね、オーディションに落ちたばかりの(笑)・・・。
I.K:そのあと何年位ベルリンにおられたんですか?
ちゃんと勉強してたのは2年くらいで後は仕事が始まっちゃいましたから出たり入ったり。
I.C:ところで今回は楽員の中からどうしても聞いてほしいという質問があがっていますのでそれからお伺いします。
その人の言うところによると沼尻さんの練習の時のお喋りはすごく楽しくて
喩えもユニークだし、いつも楽しそうに見えるんですけれど、
一体どういう教育を 受けてこられたんでしょう?どういう幼少時代を過ごされてきたんでしょう? 
ピアノの勉強はどうしたんでしょう。  っということなんですけれど。

えっ!? そんなに楽しいですか?
幼少時代って言っても普通に公立の小学校・中学校行ってピアノ習ってました。
僕が小さいときに両親がコーラス部に
いてそこのピアノ、ぼろぼろのカワイを払い下げかなんかでもらってきたんです。
それで始めたっていうわけ。
I.C:それじゃお稽古の度におかあさんがレッスンに連れて行って家では厳しく厳しく練習してきたんでしょうね。
いえいえ! そんなことなくて 先生が家に来たから。
狭い家だったから母は家事をやりながら聞いていたと思いますけれど。
I.C:先生はどんな方だったんですか?
東京芸大を出た安川加寿子さんの弟子だった人でした。
I.C:でもご両親は最初から音楽家に育てようとされてたんでしょう?
そんなことはなかったです。
でも小学1・2年生の頃から全校朝礼やなにかでピアノ弾いてましたね。
家はプロの音楽家がいる家系ではなかったしプロに なれるかどうかなんてわかんないでしょ。
でもその頃からもしかしてこれは?・・・・って思い始めてたかもしれません。

I.C:小さい頃からいわゆる英才教育を受けてはいなかった?
まあでもピアノ始めたのは3歳だし
小学校に入ってからは「桐朋音楽教室」に通っていましたね。
住んでたのが三鷹で近かったから。
でも英才教育って言っても週二時間やってただけだし、ピアノ入れても三時間だけだからね。

I.C:音楽家になりたいって自覚し始めたのはいつ頃からですか?
中学?高校ですか?
いえ、わりと最初からですね。
あんまり先生の言うとおりになんか弾かなくて自分でアレンジして弾いたりするのが好きでした。勝手に編曲したりしてね。

だから多分クラシックの方へは行かないんじゃないかっと思ってました。
中学2・3年の頃に日本の現代作曲家の作品なんかを弾き始めて
八村義男さんとか三善晃さんの作品の演奏会へ行ったのがきっかけで
三善さんの曲などに傾倒 したんです。

後は近所に児童合唱団があって友達が歌ったりしてたんですけど
そこでピアノ弾いたり、それでNHKへ出たりしてそこで日本人の新しい曲に出会ったり、
作曲家の先生も来てたりしますよね。そういうところから新しい感覚の作品に興味を持っていったんです。

I.C:その頃コンクールに優勝されたりされていたわけですけど、指揮者になろうと思われたのは?
桐朋高校で副科で指揮をしていて尾高さんだとか小沢さんにレッスンを受けたのがきっかけかな。
大学に入ってから正式に尾高クラスに入って勉強しま したけど、
高校では指揮科の尾高さんのクラスでピアノ弾いたりしてたんです。

(インタビュアー注:いわゆる「指揮伴」というもので指揮科の学生がレッスン受けるときにその学生の指揮の元でオーケストラパートを弾くピアニスト、普通二人で演奏)

その頃の指揮科というと北原幸男さんとか大友直人さんたちが 大学卒業したけど
そのまま指揮科に残っておられて彼らのレッスンでピアノを弾いてたんです。
十束さんの「火の鳥」なんかもやったし山下一史さんなどでも 弾きましたね。

この指揮ピアノは色々勉強になりました。
ピアノ2台でオーケストラの音を出さなきゃならないから、
スコアを二人で見てここは僕弾くからあんたこっち弾い て・・・みたいな。

だいたいパターンがあってチェロバスを左手で弾くなら右手でヴァイオリンパート。
でもそうすると中声部のヴィオラには手が届かないから
もう一人が管楽器 パートとヴィオラを受け持つとかね。

大太鼓の一撃はどういう風に出そうか・・・
ピアノのふたを「バーン」と閉めたり、ピアノの弦こうやって叩いてみたり
・・・・なんてね。

想像力がたくましくなるし移調楽器もそのままスコアから読めますしね。

だから今でもスコア全部の音がわかってないと気持ち悪いんです。
たとえば今日の武満さんのような曲でもそうです、でも良いことだと思ってます。

I.K:指揮ピアノを弾くって言うのは指揮者を志すものにとっては本当にものすごく勉強になりますね。
いろいろな曲の勉強もできるし、指揮科の先生の レッスンも同時に受けてるようなものだから。
斉藤秀雄先生のレッスンも受けられた?
いえいえ、先生は僕が小学生の頃お亡くなりになられてます。全然知らないんですよ。
I.K:あっ それは失礼。今おいくつですか?
今38です。
I.C:ところですみませんが今子育て真っ最中のママさん楽員からの質問なんですけれど、
今子供にピアノを教えているらしいんです。

どういう風に教えれば沼尻さんのように楽譜のことはきちっと勉強されていて
なおかつ曲への発想、イメージをとっても自由に持てるようになるんでしょう か?
ということですが。
そうですか?
わりとほっといてくれたのが良かったのかもしれない。
家の者がああしろこうしろという知識が無かったのが幸いしたんでしょうね。

親が怖くて学園祭なんかに来ないで家でピアノさらってました・・とか
修学旅行行かないで家で練習してたなんて言う人はやっぱりだめになってますよね。
だから人とし てのいろんな意味でのバランスが良くないとダメだということですね。
I.K:学園祭などでもいろいろ活躍されてたんでしょうね。
桐朋フィルハーモニーっていう学生オーケストラを指揮したりしてましたね。
桐(キリ)フィルなんて言ってました。
I.T:僕もその「キリフィル」聞きに行きましたよ。
I.K:ところでKさんは沼尻さんとは昔からの知り合いなんですか?
I.T:ええ、当時僕は桐朋の近くに住んでいたからよく潜り込んで練習してました(笑)。
尾高さんが沼尻さんをレッスンしているときに部屋に入っていったこともあったんですよ。

尾高さんは僕が当時働いていた東フィルの指揮者で
練習の後桐朋にレッスンに行ってたんですよね。
今はちょっと違うけど桐朋の指揮科の良いところは
現役バリバリの人が教えていたっということでしょう。

秋山さんも年1・2回ありまし たし
小沢さんもボストンのツアーの忙しい合間にレッスンに来てくれてましたし、
時間がないときには「叩き」のレッスンだけを
コンサート会場の楽屋でしてくれた事もありましたね。
I.K:ところで最後になりましたが今回の定期演奏会のプログラムについてお話ししていただけますでしょうか?
はい、今回は夏をテーマにした涼しげなプログラムなんです。

ライン川の「ライン」でしょ、
「ハウ・スロー・ザ・ウィンドー」っていうのは 「風」「海」「フェザー」という3つのテーマによって書かれている曲ですし、
「夏の夜」はもう一番ふさわしいですよね。今年はベルリオーズにちなんだ年ですしね。
栗林さんという方はフランス語のリートをいつもしっかりした発音で歌われる方です。

考えてみると僕もずいぶん長く来ているような気がしていましたけど定期演奏会は初めてなんですよね。
I.K:オペラではもう3回かな?来ていただいてますね。
そう二期会では「ボエーム」やりましたね、
それと後びわ湖ホールで「魔笛」来年また「コジファントゥッテ」の予定です。

やはりプログラミングではセンチュリーの編成にあった曲っていうことを意識して選ぶとシューマンとかメンデルスゾーンになりますよ。
10型の編成で(ファーストヴァイオリンが10人いる大きさの編成ということ)
トロンボーンも入っている曲というとこういう選曲になるわけです。
センチュリーではシューマンのシンフォニーも1番、3番、4番とやっててあと2番だけがまだですね。

この曲は僕にとって思い出深い曲です。

初めてプロオケで振った曲がこの2番なんです。
来日中のカラヤンの代役で小沢さんがベルリンフィルを振ることになり、
小沢さんが振る予定だった新日本フィルの練習第一日目を
急遽この僕が小沢さんの代理で振ることになったという話し。
I.K:いやあ それじゃ 今度はぜひそのシューマンの2番を一緒に演奏できると良いですね。
今回のシューマンの3番も非常に良い感じに仕上がってきていますのでぜひ皆さん会場にお越し下さい。
I.K:今日はお忙しい中どうもありがとうございました。

16/7/2003作成

inteviewer:chika,takashi&kaz.
photo:tomoaki

       
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