10月28日練習第一日目、練習終了後に時間を頂き、
センチュリー指揮者室にてインタビューさせていただきました。





-CONTENTS-
定期のプログラム
一番大切なのは心情を伝えること
どうして指揮者に?

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インタビュアー(以後I.):今日はお疲れ様でした。
センチュリーにいらっしゃるのは、初めてですね, 日本ではどのような所で仕事をなさっていますか?
[定期のプログラム]
大山氏(以後O.):はい、今回が初めてで、関西は、1991年に京響を指揮して以来2度めです。5年前から九州交響楽団を指揮しています。
I:今日一日、曲目の都合上殆ど弦楽器中心の練習となりましたけれども、センチュリーの印象はどうでしたか?
O:オーケストラというのは、指揮者の持ってくる構想にすぐに対応できるかが重要なところですが、素晴らしい対応をして頂いて、本当にうれしかったです。
I:ありがとうございます。オーケストラが出来てもう14年経ちましたし、それなりに色々な指揮者の方々とキャリアを積んできていますから。
今回オールモーツァルトのプログラムですけれど、これは大山さんのご希望でしょうか?
O:オーケストラ側からの提案です。堀米さんのモーツァルトのバイオリンコンチェルトにあわせてでしようか。シンフォニーは後期の作品と言う事で、リンツにしました。多分まだあまり演奏されたことがないでしょう。
もう一曲は、お客様のために聴き易い有名な曲と言う事で、アイネクライネ・ナハトムジークに決めました。
オールモーツァルトプロは聴くほうには良いけれども、演奏する側には、難しいですね
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[一番大切なのは心情を伝えること]
I:そうですね。最近私達のオーケストラは、いろんな指揮者の方と古典音楽を古楽器的アプローチで(ノンビブラートや中ぶくらみ、ディミニュエンドで収める奏法など)演奏する事が多かったので、今回はどちらかなぁという思いで今日の練習にのぞんでいました。
O:意外や意外でした?
I:いえいえ、オーソドックスで逆に新鮮でした。

O:いろいろ言葉を選ぶのが難しいのですけれども、作曲家の心情を考えると今の楽器だと彼らが思っていた表情がもっと的確にできるのではと思います
いろんな意味で新しい効果を作って演奏するのも演奏スタイルの一つか
もしれないけれども、演奏スタイル・作曲された様式スタイル・もう一つは作曲家の心情、ここらへんをよく見極めて演奏家が再現していかなけれならないと思っています。
だから様式観にだけとらわれて、それだけを重要
視した演奏は私としては心外です。まあその方法論はいろいろあるのですけれども。

I:今日の練習ではそういうところでの言及をいろいろされていましたね。
ここはこういうニュアンスで演奏してほしいと作曲家が描いたであろうイメージまでを大山さん独自の解釈で説明なさってましたね。
「ここはあたかもファーストヴァイオリンに異論を唱える様な感じでメロディを弾き始めないと・・・」etc.
普段どうしても具体的なこと、例えばここはノンヴィブラートでとか、もっと短くとかいうことだけで時間をとられてしまうことが多いので、こういう練習は久しぶりのような気がします。

O:モーツァルトは大体はオペラ的発想だと思います。
弾いている一つ一つのパートが登場人物一人一人ののキャラクターと同じ様で。そういうことの方が 大切ではないでしょうか。文学にしろ絵画にしろ、観賞している人にとって 何が重要かというと、作者の心情が伝わってくるかと言う事だと思うんですよ。
手段はいろいろあるのと、時代によって制限があったかもしれないですけれど。最近はその制限に拘りすぎている傾向も一部ではあるようですね。

私自身は、現代の楽器を使って古楽器的な奏法をするのは、不自然に感じられます。ある意味では、作曲家がもしその楽器の機能上の制限がなくなった中で作曲できたとしたら、彼らだって必ず新しいほうを選んだと思うんです。
ベートーベンにしても、ピアノが新しくなるにつれ、その新しい機能を使っていますし、モーツァルトの弦楽器の構造にしてもほぼ今の楽器と同じ仕様だったのです。
弓にしてもバロック弓ではなく、ほぼ現在の弓に似たものが使われています。
また、テンポの表示だけに捕らわれてそれを最優先してしまって速いテンポで演奏されたりしますが、でもあの時代に今の速いテンポで弾ける人たちがそんなにいたのでしょうか。
そうしたらパガニーニのような名手が何人も出ているはずですよね。

ある意味では、フルトベングラー、ブルーノ・ワルター、クレンペラーみたい な人たちがやってきたのは、何だったんだ!って。古いものとか伝統的なものとか、それは単に悪い習慣の繰り返しかもしれ ないけれども、でも古いから悪いということはないと思います。
現にシェイクスピアだって今の世の中の人たちに伝わるものがあるじゃな いですか。

I:シェイクスピアを演じる舞台とか、舞台装置に置き換えるとわかりやすいですね。現代では当時なかった照明や装置を使う演出は当然のように使っているわけですしね。要はシェークスピアの精神を伝えるって事が大事なんだと??

O:実はロスアンジェルス・フィルに13年いたあいだに(ヴィオラ首席奏者として)、いろんな指揮者がきていろいろな試みをされて、私もいろんな思いがあったわけですよ。
逆にいちばん始めに留学していたのがイギリスで、リバイバル古楽器風演奏解釈の発祥の地だったんです。

今の古楽器演奏の大家たち、ホッグウッドだとかノリントンとかの先生でいらしたサーストン・ダート(20世紀のハープシコードの大家で、古楽器奏法の解釈で一派を成していた人です 。ウエスト・ミンスターから彼の監修で沢山のレコードが出ています。)と何回も演奏をしたことがあります。
確かにバロック弓を彼が持ってきて、この曲はこういう風なアーティキュレーションでやりたいから、この弓で弾きなさいということもありました。 でも、 私自身の感情を抑えて演奏をさせられる事はまずなかったです。
彼のハープシコードの演奏は、本当の意味での自由なものでした。
バロックは本当に表情豊かですし、そういう印象を持っていたので、感 情を抑制して弾かなくてはいけないという現在の演奏スタイルには、少し反発があります。
本当にお客さんに何か伝われば、それはそれで良いのですが。 私はノンビブラートとは言いませんし、必要な所ではもっとビブラートかけてくださいって言うくらいですから。

I:それぞれの国、日本だったら日本で演奏活動している演奏家の日本人独自の感性のフィルターを通して作る独自の演奏スタイルって、このグローバル化の進んだ時代ではそれぞれ自由に持っても良いんじゃないでしょうか?いろいろな演奏スタイルが許される時代だっていうことでしょうか?
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[どうして指揮者に?]
I:話題をがらりと変えまして、ご出身地と、どういういきさつで音楽を志され、またビオラ奏者から指揮者になられたのかお伺いしたいと思います?

O: 京都に生まれ、15歳まで京都で過ごしました。両親共に博多の出身です。
父が音楽が大好きだったので、親の要望でバイオリンで桐朋学園に進学。


その後イギリスへ。その後アメリカのインディアナ音楽院に進み、単位の関係上たまたま、プリムローズというヴィオラの巨匠が生徒に取ってくれたのでヴィオラを弾くようになりました。
その後ロスアンジェルス・フィルの首席
奏者に招かれ、さらに当時ロスフィルの副指揮者をしていたチョン・ミュンフンにクロスロード中・高校の弦楽アンサンブルのコーチを代わりにと頼まれて、そこで指揮をする機会があり、指揮者になりました。自分では指揮者になるとは思っていま せんでしたよ。

I: ふつうアメリカでは、オーケストラに入りたくて楽器を勉強している人や、指揮者になりたくて勉強している人でも、ポストを得るのは難しいのに、凄いですね。

O いえ、たまたまです。(I:←ご謙遜されています。)
ある意味、プレーヤーの立場としてもオーケストラで仕事をしていたので、
プレーヤーの気持ちが理解できるかもしれないですね。

I:今でもヴィオラは弾かれますか?

O: アメリカの自分のオーケストラの資金集めのコンサートで、メンバーとアンサンブルをしたりします。あと、チェロの木越さん、堀込ゆず子さん、豊嶋さんなどとブラームスの六重奏もしましたよ。来年は結構弾きますよ。
I:ヴィオラ奏者の私としては、演奏も是非聴かせて頂きたいです!)

I:今日は練習の後のお疲れのところお時間頂きどうもありがとうございました。



2003.10.29作成



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interviewer:aki&kaz.