練習場のある服部緑地公園に桜が咲き始めた3月23日ハウスコンサートの練習後、
待望の5月7日のベーレンライター版によるベートーベンの
第九番交響曲(これでセンチュリーと高関さんによるベーレンライター版は完結です。)
のインタビューが行われ、とても勉強になる深く研究されたお話をお伺いしました。
少し長いですが、これを読めば俄かベートーベン通になれるかも・・・??



<交響曲5番のファクシミリからの解釈>
<今回の第九について>
<一番から第九にかけての年月でどうスタイルが変わったか>
<第4楽章・合唱を歌う方必読 !!>
<第九の演奏回数について>
<第九の作曲された頃の背景>


<交響曲第5番のファクシミリからの解釈> 
(おもむろに楽譜を取り出して、)
T:これが、第5番(交響曲)のファクシミリ(手書き原稿の写真)なんですよ。ベルリンの国立図書館に原稿があるんです。残念ながら第3番までは紛失してしまい、第4番以降が残っているんですけど。第5番のファクシミリは第二次世界大戦中に一度モノクロで出版されていますが、今年あらためてカラーで出たわけです。カラーになると、インクや鉛筆などの微妙な色の違いから、作曲して行った過程が判ります。特に後で書き加えた部分が良く判ります。
冒頭の部分ですが、これを見て(現在の楽譜と比べて)何か思いません?


ベートーヴェンが最初に書いた手書き原稿譜(運命の冒頭)
ではこうなっていました。
I : ???

T: 4小節目が無いでしょう !
原稿から印刷するまでの段階で1小節付け加えられています。(ベートーベンの意志で)
逆に言うと原稿が全て正しいわけではないという事です。その典型的な例なんですけれども。


後に出版された時の同じ部分(現在の出版譜はすべてこうなっています)

I :それは判りにくいですね。というのは、出版する時に本人が校正したのか他の人が校正したのか判断するのが。

T: それを専門的に調べるのが音楽学で、その研究の成果がベーレンライター版ですから。

I :ベーレンライター版が一番原典に近いのですか? ドイツではヘンレ版なんかも使われているようですけれども。

T:ベートーヴェンの作品の原典版は現時点で、ベーレンライターだけが交響曲を全曲出版しました。
ヘンレ版は作品全集を順次刊行していますが、交響曲は第1、2番が出ています。他に「荘厳ミサ曲」やピアノ、ヴァイオリンのための協奏曲はすでにヘンレ全集版が手に入ります。
ブライトコプフも交響曲の原典版を順次出版しています。
したがって交響曲に関しては3種類の原典版が間もなく揃います。それぞれ編集方針が少しずつ違うので、そこを良く検討しながら演奏していくべきでしょう。昨日、群響でヴァイオリン協奏曲をヘンレ版で演奏したところです。!

(再びファクシミリに戻り)
 この1ページを3つにまっすぐ区切っている縦線は、作曲にかかる前にあらかじめ引いてもらってあるのです。その間を適当に区切ってベートーヴェンは作曲を進めています。
良く見ると小節の幅が違って、より細かく分けられて音符が詰まっているでしょう。現在の楽譜では22〜24小節に当たる部分は後から付け加えられたことが判りますね。

(写真をクリックして大きくしてご覧下さい)

こういう事は、原稿を見ないと判らない。これがファクシミリを見る意味です。
(とても汚い部分を見せて)
これ、見てください !

I : 読めませんね。

T: 実はこちらに書き直されているんですよ。
 何度も書き直されています。ページを足したり、同じフレーズをもう一回足してみたり。楽章の終わりの部分の何小節かを書き直した3パターンの終わり方の形跡があったりで・・・こういうのって原稿見るのは実に面白いですよね。

 当時は最初にスコアを出版するのではなく、パート譜だけが出版されました。コピースト(写譜屋)が清書してそれを基にパート譜を作るのですが、その段階で場合によってはベートーベンが再び手を入れるのですよ。この時点で既にオリジナルと変わっているし、時々ここでも曲の長さまでが変わったりするのですよ。

その後、練習の段階でさらに手が加わる。初演に使われたパート譜にベートーヴェン自身による書込みがあったりします。また、場合によっては複数の写譜が存在します。

6番ではリューブリアナのフィルハーモニー協会からベートーヴェンがもう一冊コピーして送ったスコアが後で出てきました。また最近(1984年)もう一つ別のスコアのコピーがドイツで発見されて大きな話題になりました。
それぞれにベートーヴェンによる修正や書き込みがあったり、違いもあるので、それをまとめて一つのものにするのは本当に大変だと思います。

 今回の大発見は(5番の)、3楽章のスケルツォ全体の繰り返しをするか、しないか。ベーレンライターはこの繰り返しを採用していません。
でもこのファクシミリを見ると1カッコが赤いクレヨンで書き加えてあり、頭に戻れとあります。作曲した時はスケルツォを反復するつもりは無かったのですが、後になって考えを変えたようです。
ところがこの反復については現在も議論が続いていて、ベーレンライターでは採用されていません。
ところが、このファクシミリには、メンデルスゾーン財団が持っていた別の自筆譜が後ろに掲載されています。
これはスケルツォの反復されるべき部分のメロディーだけが書いてありますが、要するにこの反復を単なる繰り返し記号ではなく、スケルツォを2回ベタで印刷する様にベートーヴェンが指定しているのです。この反復についてはまだ議論が続くわけですね。
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<今回の第九について>
I : 第九のファクシミリは?

T: 持っています。留学時代に当時の東ドイツでうんと安く買いました。ただセピアと赤の二色刷りなんです。ですから原稿と古いブライトコプフ版との違いについてはある程度知っていたんです。
95年に群響で交響曲の全曲録音をしましたが、その時はまだベーレンライターの出版が始まっていなかったので、第5番は東ドイツから出ていたペーター・ギュルケ版、第九はイゴール・マルケヴィチ版というように、バラバラにいろんな新しい楽譜を使いました。

第九についてはファクシミリを持っていたので、確信がある場所については、何箇所か変えて演奏しました。

I : 高関ヴァージョンと言えますね。

T: 今回の演奏は、ファクシミリからの解釈ではなく、ベーレンライター版ということでいきますが・・
ベーレンがいざ出てみると、第九に関して言うと随分と原稿に近くなっています。今まで使われていたブライトコプフが、その後随分変えてしまったらしいっていうのはありますね。
今回のシリーズでは、第九がいちばん今までの版と違うでしょう。

I :ベーレン原典版がいちばんオリジナルに近いということはわかりますが、それをどういうスタンス、コンセプトで演奏するかという事にいちばん興味があります。
例えばベートーベンのやりたかった事と、当時の楽器の性能上の制約で書けなかったようなずれのある部分がありますよね。それをどう処理するか、また、明らかにベートーベンの本当にやりたかった事を想定して、後世の人が書き直したヴァージョンがありますがそういうものとは違う原典版に戻っていく事とはどういうことなのかお聞きしたいのですが。

T: ベートーベンの作品は、ピアノやバイオリンの曲もそうですけれど、その当時の楽器が使えた限界ギリギリまで使いきっています。例えば出しえる最高音や最低音を使っていて、出ない音はその一音だけ一オクターブ上げたり下げたり、そうしてまでも書いています。そういうものは尊重して音を変えないほうがいいと思います。

 特に19世紀から20世紀前半には、ロマン的な解釈が流行し、より自然だからとか、今の楽器では演奏できるようになったからと音を付け足したり変えたりしました。
僕らが勉強した頃でも、いろいろ変えたりするのをあたりまえのようにスコアに書きこんだものです。しかし一度始めると際限が無くなってしまうし、作曲家が目指していた響きからはどんどん離れていってしまいます。
作品に対する理解が進むにつれ、こうした改変が無意味であることが解かってきました。原典版で演奏することによって、ベートーヴェンの偉大さがあらためて認識できるわけです。
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<第1番から第9番にかけての年月でどうスタイルが変わったか>
I : 第1番から最後の第九まで作曲するのに随分の年月が経っていますよね。その何年間かの間にベートーベンの様式感や作曲のスタイルが変わって、後期の作品では随分ロマンティックな時代に入りつつありますよね。
今回の第九が一連のベーレン版による最後の録音となりますが、高関さんが初期の交響曲でオーケストラに要求された音の長さの処理や響きの処理の仕方、内声の出し方等をどう変えられるのか、とても興味があるのですが?

T:第1番を書いたのが1798年、第8番は1812〜13年、第9番はその後10年経った1824年に完成しています。実は第8番から第9番までの約10年間は、ベートーヴェンは作曲ができない大スランプに陥っていたんですよ。(失恋でという話もあるんですが!!)

第9番の前に「荘厳ミサ曲」が完成しますが、この間ピアノ・ソナタ(最後の5曲)以外にはこれと言った作品がありません。それまで順調に作曲してきたベートーヴェンにとっては、まさに絶不調です。

それに比べ、第5番を書いた時期は作品番号を順番に挙げただけでも名曲が出てきますよ。
「英雄」交響曲 Op.55、三重協奏曲 Op.56(これは駄作?)、「アパッショナータ」 Op.57、ピアノ協奏曲第4番 Op.58、「ラズモフスキー」3曲 Op.59、交響曲第4番 Op.60、ヴァイオリン協奏曲 Op.61、「コリオラン」序曲 Op.62…すごいでしょう。

ただそのスランプの間に、先人たちの作品をものすごく勉強したらしいんです。また当時流行していたロッシーニのオペラもちゃんと知っていたようです。そうしたものが蓄積して、スランプを抜けた時には、物凄い構成感の曲になって来た。

「荘厳ミサ曲」、弦楽四重奏曲第13番(大フーガ付)、ディアベリの主題による32の変奏曲…それ以前に比べると、全くスタイルが変わってしまって、構成の緊密さ、内声部の充実度、ギリギリまで切り詰めた表現など抜群です。
作曲技法の上からも、対位法の使い方がより複雑になり、主題労作も徹底しています。またフーガを多く使うようになりました。
ベートーヴェンの作品はどれも演奏が難しいですが、後期の作品ではさらに要求が厳しいですね。
典型的な例として、第8番までは、なんと言っても内声部には刻みが多いですけど、第九では圧倒的に刻みが減ります。各パートが多様な動きをするので、それぞれの独自性が必要になって、結果的にロマンティックな時代に近づいていくわけです。

I : それは当時の演奏スタイルを先行していたのでしょうか?

T:先行していたでしょうね。当時の楽器の性能などを考えると、不可能に近いことがいっぱい書いてあります。演奏する側も聴く側も、あまりに難しくて、ほとんど理解できなかったのではないですか。

演奏に当たって、当時の演奏スタイルを知ることは重要ですが、いわゆるピリオド奏法に拘るのが一番良いかというと、私にはそうは考えられません。
ただ原典版のスコアを調べていくと、ベートーヴェンの作曲スタイル(語法)は一貫していることが判る。その結果ベートーヴェン的なものを表現するために、ピリオド奏法に幾分か近づくことはあると思います。

I : ベートーベン的なものとは?

T:
* ff はいつまでも続かない。
*音符の長さそのものには拘っていない。
*インパクトを大事にする。
    
これはいわゆる古典のスタイルとして、当然いつもあるのですけれど・・
ベートーベン自身がピアノ弾きですから、オーケストラの為には書いていますけれど、基本的には器楽というのはピアノからでているものと考えるわけで、ハーモニーの立ち上がり方とか頭に大事なものがあるというのは古典のスタイルですから、それは第九になっても変わらないと思います。

 ただ後期の作品では内声が独自に動くので、両外声部とのバランスをうまく取らなければなりません。そこが演奏する上で難しいところです。
ベートーヴェンの耳がすでに聞こえにくくなっていたことにも一因があるのかもしれません。でも彼の心の耳には、完璧なバランスで全てのパートが聞こえていたことでしょう。
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<第4楽章 合唱を歌う方 必読 !! >
I : 終楽章で合唱が出てくると、特定の歌詞にすごく意味を持たしている場所が随所に出てきますが、そういう時は徹底して意識すべきでしょうね?

T: その場合は 必ずsf(スフォルッァート)が書いてあります。
終楽章のテキストで一番大事な言葉は Brueder(兄弟)ですが曲中殆どのBruedersfがつけられたり、音が揺れるように書いてあります。
               
これは主題の部分「M」でも同じです。
ElysiumsffeuertrunkensfHeiligtumにもsf、そしてAlle Menschenから後がff.になっています。

I : 各楽器にも合唱と同じ旋律を弾いている部分があるのですが、楽譜にはsfとかついてなかったと思いますが、やはり歌詞と合わせて同じ場所にフレーズの重きをつけて弾いたほうがよいのでしょうか? リートの伴奏のように。

T: ほとんどの場所ではオーケストラも一緒にするべきでしょう。
もう一つ特徴的な場所は、トロンボーンから始るSeid umschlungen Millionen !のところですね。
ffが最初のフレーズに三回も書いてあるんですが、普通ずっと声を張り上げて歌っていますよね。ところが、アウフタクトのチェロとトロンボーンはff、sf、sf、sfになっています。全部ffで歌うと思われていますが、なぜffがわざわざ3回も書いてあるかというと、ffがついているその音だけがffで、あとはffではないという事なのです。

I :そうすると歌詞の意味や、大事な部分が浮き出てきますね。

T: 韻が踏んであるシラーの詞と音楽が完全に合っています。

 次の男声の厳しいところ、Brueder! Ueberm Sternen Zeltという所、実はffとは書いていないんですよ。
"星の天とを超えて"という事を言っていてあっちへと音楽が向いているわけですよ。ここはソステヌートで歌うべきです。
最高音を歌わせることによって宇宙のはるか向こうまで行く感じを表したのですね。
それをffでガンガン歌うと星の天蓋が割れてしまいます。(笑) ここは楽に歌わなきゃいけないです。
そしてもう一度枠を作るために、トロンボーン・チェロ・バスでばん!と入るんですよ。

そしてmuss ein lieber Vater wohnen.
Vater(神様のこと)が大事なことばで、やはり最高音に上ります。これは跳躍ですから大きく歌っていいんですね。
whonen(住んでいる)は、動詞ですからこれも大切です。だからスタッカートが書いてあります。
念を押すようにはっきり歌うんです。

男声がハッキリと提示した後、女声を含めオーケストラも全員で繰り返しますね。つまり全員で賛同している。世界の人々が協和しているのです。
ここは響きがあふれたほうがいいから流れるように長く書いてあります。ただ、大事な音は強調する為に切れないといけないから、そこにはスタッカートが打ってあります。
 ここでいちばん大事なのはヴィオラパートなんですよ。ヴィオラだけは全く違う動きをしていますから。一音ずつsfが書いてあります。ヴィオラは大事なんですよ。これまでの作品だったら、これ普通に刻みを書いていたでしょう。

Ihr stuerzt niederはファクシミリを見ると、stuerztが2分音符で書いてあります。

印刷するまでの段階で訂正されて4分音符に変わりました。

このように歌うのが難しくなってしまったけれど、Ihrの呼びかけに気持ちを込めたくって長くしている。
そうすることによってpが強調できるからで、ベートーベンが後で考えて書き直しています。

次の二重フーガに入る前は奇跡的なオーケストレーションですね。
星の中に、うんと瞬くのと、ゆっくり瞬くのがある。
(注:2分音符の中に木管楽器は3連符、それに対して弦楽器は16分音符の刻み)

(クリックして大きくしてご覧下さい)
こんな合わない事を書くということは、この時代では普通は在り得なく、ベートーベンが最初ですよね。第九の前にミサ・ソレムニスにも使っています。リズム感が無く、漂った雰囲気を表していて、古典派の表現の範囲を超えて、表現主義になっている。
ここに至るまでが大変だったと思います。

 その次の二重フーガ(これだってすごく難しいフーガですけれども)は、付点2分音符=84でsempre ben marcato(全部ハッキリと)と書いてあります。
"ちゃんと弾かないとすまさない !"という事ですね。ここは指定通り遅目にする予定です。

I : ありがたい !! でも遅くやると誤魔化せない (^^;)

T: コーダの部分はブライトコプフ版ではPrestissimoとなっていますが、ベーレンライター版ではPrestoなんです。
ファクシミリを見ると、ベートーヴェン自身が一度書いた、Prestissimoを消してPrest,Maerz:132(メルツェルのメトロノームで132)と大きな書き込みがあります。ここもあまり早くてはいけないんです。
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<第九の演奏回数について>
I : 私個人としては、もう昔になりますが12月のひと月の間に20回とか、一年間に最高23回第九を弾いた事もあったのです。自分で心して弾かないと、ついつい惰性になってしまい・・・・・ 偉大な作曲家ベートーヴェンに失礼のないように毎回気を引き締めて演奏することに腐心していましたが 高関さんはどの位??

T: 私は12月だけで13回というのがありました。バブルの頃に毎日のように。最後には風邪をひきましたよ。ふらふらになって京都で振った事があります。(笑)
それ以来、絶対5回以上振らない事に決めています。
学生時代に新日フィルで12月に11回セカンドバイオリンで弾いた事もあります。小澤さんで1日2回とか。

I : 12月にこんなに第九を演奏演奏するのは、日本だけですか? ヨーロッパではどんな風ですか?

T: こんなに沢山するのは、日本だけだと思います。
ライプツィヒなんかでは、大晦日の夜と1月1日の日昼に、ウィーンのニューイヤーコンサートのように演奏します。それを日本に誰かが持ってきたのでしょう。ドイツでは年末に第九をやるという事で。
その先は、黒柳徹子さんの話ではないけれど、正月の餅代稼ぎに(オーケストラのボーナス代わりに)学生の合唱団を使って(チケットが売れるから)回数演奏されました。
私がオーケストラで弾いていた頃は(1975年頃)新日フィルの11回というのはいちばん多かったくらいだと思います。その後市民参加型の第九が増えましたね。
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<第九の作曲された頃の背景>
I : 歌詞の意味を知っていると違う喜びがありますね。
私のドイツ留学時代に学校のオーケストラで第九を演奏したことがあるのです。合唱団が彼らの母国語で歌っているので意味が隅々まで良く判っていてフレージングや子音の合わせ方がぴったり合って、sfの意味とかが非常に明快に聞こえてきて本当に驚いたことがありますが・・。またその内容も・・

T: このテキストは、当時としてはかなり急進的な歌詞で、ひょっとしたら検閲で捕まるんじゃないかというくらい危ない思想だったんです。まだ貴族社会の中で、"市民が"とか"全ての人が平等""兄弟"なんて逮捕されかねない !

I:フランス革命後、貴族社会が没落して危うい時代で、ハプスブルク家もとても神経質になっていたのでしようね。
ものすごく時代の先端を行っていた歌詞であり音楽だったのですね。

T: Freude(喜び)をFreiheit(自由)に書き直せば、革命の宣伝になるといわれるくらいの歌詞ですよ。
ベルリンの壁が崩壊した時にバーンスタインが実際にやりましたね。
歌うほうも、結構覚悟を持って歌っていたでしょう。まぁ、シラーは当時かなり危ない思想家で、ベートーベンもそれに傾倒していましたから。1800年代の初めには、このシラーの詞に曲をつけようと何度もやりかけていました。
初めは、ベートーベンは貴族に召抱えられていて作曲していたのに、シラーの詞に曲をつけるというのは,場合によっては危ないわけですよね。もっとも第九を書いた頃には、もう貴族も没落していて、作曲料も入らなくなっていましたけれど・・・交響曲の注文も減り、演奏会の依頼も無くなっていたし。

I : 今とちょうど同じですね。(笑)
不景気ですし、受難の時代ですから。(臨場感あふれる演奏になるのでは・・・)

このベートーベンのベーレンライター版のシリーズ、すごい評判ですね。前回は売切れだったし、キャンセル待ちでも入れなかったというお客様もいらしたし・・

T: 追加公演すればよかったんですけれども・・・

(インタビュアー注)
お陰様でこの5月7日の第九公演のチケットも既に完売いたしております。ありがとうございます。


I : 楽団員も高関さんの意図するベートーベンを理解して馴染んできたし、よいものが出来ればと思っています。
今日はお疲れのところ長い間、どうもありがとうございました。

(インタビューを録音していたMDの表示を見て)
T: 78分11秒 !! すごいね。




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@&kaz.