練習開始前日の10月8日にお泊まりになられているホテルへ伺い
    インタビューさせていただきました。

                 
  

     「お泊まりのサウスタワー南海ホテルティーラウンジにて」

-CONTENTS-

[日本の印象は?]
[マルティヌーの二重協奏曲]
[音楽の内容を理解すると言うことが・・]
[どうしていつも新世界!?]
[ロシアのチェコ侵攻]
[オーケストラのキャラクター]
[センチュリー、オペラ事情]
[センチュリーのプログラム内容は]

 をクリックするとその項目にジャンプします 

[日本の印象は?]

I(インタビュアー)今日はインタビューのためにお時間頂きありがとうございました。
  早速ですがトルノフスキーさんは日本へはよく来られておられますね。


T(トルノフスキー):ここ十年くらいは毎年、一年に少なくとも一回は来ていますね。
  一番最初は東京で東京都交響楽団でした。それから日本フィル。その次に来たのは
  プラハ交響楽団の日本ツアー。その後群馬交響楽団へは首席客演指揮者として毎年
  呼んでもらっています。
I:一般的にでも良いですし、音楽家に限ってでも良いのですが日本の印象をお聞かせ
  願えますでしょうか?

T:そうですね、音楽家についてですが一般的に見てもヨーロッパにひけを取らないと
  思っています。人によってははるかに上回っていますね。例えばベルリンフィルの
  コンサートマスターは日本人ですし多くの日本人がヨーロッパの一流オーケストラで
  弾いていますよね。

  私の日本での演奏経験から言うといつも非常によく勉強してから練習に臨んでくれて
  います。ただいつもさらに大胆な表現力を要求しないといけないことが多いかな?
  ヨーロッパのオーケストラに較べるとクールなところがあるかもしれません。
  でもそれは時と場合によるしクールというのはちょっとあたらないかもしれませんね。

  オーケストラがその曲をどれだけ演奏してきたかに依るんだけれど、得てしてオーケス
  トラにとって全く新しい曲を演奏するときにその音楽内容「一体何を表現しなければ
  ならないか」を説明しなければいけない事がよくありますね。 

I:今回のマルティヌーの曲は私たちまだ一度も演奏したことのない新しい曲
  なんですが・・・・?
[back to Top]

[マルティヌーの二重協奏曲]

T:この曲はね、この100年の間に作られた曲の中では最高のモノだと思っています。
  非常に劇的で信じられない位に内容の濃い曲です。
  2つのオーケストラからなっていてそれぞれが非常に対位法的に扱われていて、
  舞台上でも左右に分かれますし音楽もある時は対立し、またある時は共に一つの
  音楽を奏でるっというその内容は実に興味深いものです。
  チェコを代表する4大作曲家はスメタナ・ドボルジャーク・ヤナーチェク・マルティヌーら
  ですがその中でも最も有名な作曲家はこのマルティヌーだと言えます。

  この作品は1938年に作曲されたのですがこの1938年という年は当時のヨーロッパ
  に大変な危機が訪れた年なのです。

I:浅学ゆえ当時の東欧の歴史をあまり詳しく知らないのですが・・・・

T:この事はね練習を始める前に楽員の皆さんに絶対に知っておいて欲しいので
  明日練習前にお話しつもりです、よく聞いておいて下さい。

  1938年という年は チェコ・スロバキアにとっても「激動の年」だったのです。
  この年にオーストリアやポーランドと同様にチェコ・スロバキアもドイツに併合されて
  しまうのです。この時チェコとフランス・イギリスは「戦争が勃発したときには共に戦う」
  「いずれかの国の主権が侵されたときにはそれを助ける」という同盟関係を結んだ
  のですが実際は事情が異なっていたのです。

当時のイギリスの首相チェンバレンは
  実は当時ミュンヘンで行われた会談で密かにヒトラーやフランスと取り引きして
  チェコ領内にあるドイツ人が多数住んでいる地域を併合すると言いつつ・・・実は
  彼はチェコ全土併合の野望を持っていたのですがね・・・それどころかヒトラーは
  ポーランド・チェコ・オーストリア全部を併合しようとしていたんだよ。

  このミュンヘン会談でイギリスやイタリア・フランスは「これは戦争ではないしその
  地域に住むドイツ人を守るためなんだ・・・」ということでドイツがチェコを併合することを
  認めていってしまったんです。

  その時マルティヌーはすでにチェコを離れてフランスに住んでルーセルに師事して
  いたんだけど、彼は祖国の危機が迫っていることに気がついていてこの恐ろしい
  緊張関係に抗議する意味も込めてこの作品を書いたんですよ。

  彼はこの曲で「ドイツがしたことに対する抗議」「戦争が起こらない事を希望する祈りの
  気持ち」などを表現したのです。
  こういったものが全て音楽の中に含まれているんです。我々この曲を演奏する
  プレーヤーはこの事を知らなければならないのです。
  でもこの後結果的にはドイツがチェコを併合し第二次世界大戦が始まってしまうのです。

I:トルノフスキーさんはこういった辛い歴史をご自身で体験なさったわけですよね、
  違いますか?

T:
ええっ もちろん当時はまだ幼い少年でしたけどね。

I:それから大戦後今度はロシアによるチェコ蹂躙をも体験なさっておられるんですよね?

T:そう!あれは1968年のことです。この時も辛い体験をたくさんしました。

I:どちらも祖国を他国に蹂躙される過酷な体験ですよね?似通っていますね。

T:
ナチ、ヒトラーは残忍だったよね。人々を洗脳して多くの人々を追放したり
  殺したりしたから。
  ロシアの場合はそんなに酷くは無かったよ。
  そういったことに対する強い「抗議の精神」 これがこの曲の神髄だと言えます。
  彼は大戦後も遂に一度も祖国チェコには戻らなかった。
  作曲したのはスイスでたった3週間でこの曲を書き上げたんだ。もの凄い速さだ
  よね。

  当時バーゼルにあった室内オーケストラの指揮者パウル・ザッヘの為に書かれて
  バルトークも同じ指揮者ザッヘの為にあの有名な弦楽とチェレスタの為の協奏曲を
  書いているんだよ。
  かのストラビンスキーもザッヘの為に沢山の作品を書き残している。

  マルティヌーはこの曲の大方を占めるこの恐ろしい「危機感」や「威嚇」を表現を
  しているんだよ。

I:彼はその後パリに残ったのですか?

T:
いやいや その後パリはドイツに占領されたから彼はアメリカへ渡りその後永らく
  住んだ後、最後にスイスに戻りそこで亡くなりました。
  彼は偉大な作曲家で本当に沢山の作品を残しました、6曲の素晴らしい交響曲など
  をね。でもこの曲のような内容を持ったものはありません。
  この曲はオーケストラが二つに分かれて二重協奏曲とも言えるし・・・・

I:この二つに分かれたオーケストラはそれぞれ特別な役回りを演じるっといった風に
  書かれているのでしょうか?例えば片方がドイツでもう片方がチェコだとかいう風に・・・

T:いえいえ 純粋に音楽的に二つに分かれているだけです。それぞれが対位法的に
  絡まったり重なったり反発し合ったり、そうちょうどコンチェルト・グロッソのようにね。

  ・・・(閑話休題)(う〜〜ん)このグリーンティは良い香りだ。(お抹茶を飲まれていました)
[back to Top]

[音楽の内容を理解すると言うことが・・]

  この曲が演奏者のあなた達にどの様に理解していただけるか、また聴衆にどの様に
  気に入ってもらえるか・・・非常に興味あります。
  演奏することはまたオーケストラにとっても非常に難しいですよ。それぞれの
  オーケストラが互いによく聴き合わなければならないのです。

  お互いが他のオーケストラが何を演奏しているかを良く理解しないとダメなのです。
  単に弾くだけではダメです。
  明日試みてみましょうね。

I:この曲は本当に単に楽譜通りに演奏するだけではなくて一つ一つの音符を
  じっくり弾き込んで表情豊かに響かせ切らないとダメなように感じますね。
  パッセージを単に弾くだけでなく一つ一つの音をはっきり聞かせる意志のようなモノが
  必要とされるような気がします。どうなんでしょう?

T:そうですね。ですからあまり大きな編成のオーケストラは必要ないでしょう。
  もちろん大編成でも小編成でも良い訳だけれどもどちらかというと小さな編成の方が
  良いでしょうね。

I:私たちは弦楽器だけで32名・・・

T:この曲を演奏するのにはそれで充分。もちろんどちらでも言い訳ですが・・・・
  今回の「モルダウ」には雄大な響きが必要なんだけど・・・・

I:私たちは総勢54名・・・小さすぎますか?

T:う〜〜ん ギリギリかな?
  大きな交響曲を演奏するときもその編成なんですか?

I:はい。例えば「新世界」の時でもそうです。
[back to Top]

[どうしていつも新世界!?]

T:ところでいつも驚くんだけれどもどうして日本ではいつでもどこでも「新世界」
  「新世界」「新世界」なんですか?ちょっとやりすぎ(笑)できれば他の曲をやりたい
  ですよ。ホントのこというとね(笑)

I:やはり日本人が好きな曲だということでしょうか?
  でもお陰様でもう随分前にチケットが売り切れました。

T:OK OK!  少なくともその中(プログラム)に目新しい曲を入れられたんですからね。
  以前日本のマネージャーから聞いたことがあります。「「新世界」OK  100パーセント
  完売。 「ドボ8」OK  80~90パーセント。 「ドボ7」・・・60パーセント」だってね。」 
  この7番だけど来週群響と東京で演奏するんです。
  この曲も素晴らしい良い曲なんですよ。

I:ええっ もちろん。我々のオーケストラが北米ツアーを行ったときこの7番を持って
  行ったんですよ。

T:その時もこの小さな編成で?

I:そうです。我々はいつもこの編成で演奏してきたんです。

T:聞いたんですけれど今回の会場は本当に音響の良いホールなんですって?
  大阪フィルハーモニーもそこで演奏しているんですか?

I:はい、でもステージが小さいですから私たちの小さな編成の方がこの「いずみホール」に
  合っていると言え、実際そこでの演奏回数は私たちの方が多いと思います。  
  客席数は800程度で大きすぎず非常に心地よい響きの会場ですよ。

T:今回たった一回の演奏会だけで終わるのは残念ですね。もっと回数を増やせると
  良かったのですがね。

I:そうですね。今回のプログラムは私たちにとって全く初めての「マルティヌーの
  二重協奏曲」と頻繁に演奏する「新世界」と「モルダウ」という組み合わせですので
  練習時間の配分が難しいですね。

T:「モルダウ」もなかなか難しい曲ですよ。川の流れが激しくなる部分では音が厚くなり
  すぎるのでバランスをとって全てが良く聞こえるようにしないといけませんしね・・

I:まさにそういう部分に我々の難しさがあるんです。我々は小さな編成で、例えば
  コントラバスが4人なのですがバスチューバとトロンボーンのフォルティッシモに対抗
  しなければならないんです。あっ これは私の考えですが・・。

T:「新世界」の2楽章の最後にコントラバスだけで弾く場所がありますが4人で弾く
  わけですね。まあ大きな編成のオーケストラでもあの場所を4人だけで弾くことも
  あります、その方が綺麗に合わせられるという理由でね(笑)

I:幸運の女神が微笑んでくれると良いのですが・・・・

T:そうですね(笑)とにかくやってみましょう、明日が楽しみです。
[back to Top]

[ロシアのチェコ侵攻]

I:ところでトルノフスキーさんは大戦後ロシアがチェコに侵攻してきたときアメリカに亡命
  なさったのでしたよね?

T:いえいえ。あれは1968年ですがその時私は旧東ドイツのドレスデンにいました。
  もちろんご存知でしょうけど東は共産主義の国でした。私は共産主義ではなくて
  チェコ人でしたけど当時ドレスデンで働いていたのです。

  ロシアがチェコに侵攻するのを東ドイツが助けたのです、当時の東ドイツ政府がね。
  で私はそれまでの職を捨てて祖国を出たわけです。

I:プラハに居られたんでしたかしら?

T:いいえ、ピルゼンの放送オーケストラの音楽監督をしていました。っでそこから
  ドレスデンに行きそこの歌劇場オーケストラに移ったばかりだったわけです。

  ご存知でしょうけどあそこのオーケストラはウィーンフィルに並び称されるほどの
  世界中でも最も素晴らしいオーケストラの一つなのです。
  (インタビュアー注:彼は歌劇場の音楽監督に就任したばかりだったのです)

I:そうですね。彼らは今日でも彼ら独自のサウンドというものを守り続けていますよね。

T:そうそう、伝統的なものを守り続けている。 
  私は当時まだ非常に若かった。私にとってはその様な素晴らしいオーケストラで
  仕事ができることはとてつもない幸せなことだったのです。でもあの時ロシアが
  チェコに対してしたことは「占領」以外の何ものでもなかった。

  もちろん「私は音楽以外のことに全く関心はありません。何が起ころうと音楽の
  ことだけを考えているのです」っと言うこともできた。
  (インタビュアー注:彼は就任から一年もしないでその素晴らしいポジションを
  捨てざるを得なくなってしまったのです)

  後にロシア政府・ゴルバチョフ政権は当時の出来事に対して謝罪しましたけれど
  それは二十年も後のことなのです。あれはまさしく「戦争」だったのですよ。
  町中に戦車がやってきて大砲が配備されたんだから・・・。

I:知っていました、当時衝撃的なニュースでしたから。

T:当時私と妻はまだ9才と13才の息子を抱えていて、祖国を去ることを決め
  オーストリアに行ったのでした。
  それからはドイツ・ノルウェー・アメリカなど各地で仕事をしました。

  私の息子達は二人とも音楽家になり一人はウィーンフィルの首席ファゴットになり
  毎年日本に来ています。ウィーンフィルだったりウィーン八重奏団だったり、また
  一人で札幌のPMFに来たりしています。もう1人の息子はベルリンでオーボエを勉強し
  南オーストリアのクラデン歌劇場で演奏しています。
  二人ともウィーンで音楽を勉強したわけです、当時の生活はそう簡単ではなかった
  けれどね。
[back to Top]

[オーケストラのキャラクター]

I:でも音楽を勉強する環境としては理想的ですよね。うらやましい。
  ところでトルノフスキーさんは世界中のオーケストラを指揮してこられたわけですよね。

T:そうですね。ニューヨークフィル、クリーブランドなどのアメリカのメジャーオーケストラや
  カナダのトロント響、ついこの間シアトル響へ行ってきました。

I:それらのオーケストラの間にたとえば音楽的な面だとかその響きのキャラクターなどに
  違いはあるのでしょうか?

T:それはアメリカのオーケストラだけについてですか?それとも世界的に見てですか?

I:それらのオーケストラを日本のオーケストラと比較してみてっということの
  つもりなのですが・・・・。

T:一言でいうのは難しいですね。アメリカといっても大きな国ですしその中にもずいぶん  
  違いはありますしね。例えばボストン響は他のオーケストラとは明らかに響きが
  違うし、シカゴ響もまた違う。ニューヨークフィルは少し音が硬いし、クリーブランドは
  完璧なテクニックと共に極めて透明感のある響きがしますよ。

  メジャーオーケストラだけでなくて例えばシアトル響とかシンシナティ響なども
  凄く上手です。この間そのシンシナティ響とオペラ「イェヌーファ」をしたのですが
  このオペラ知っていますか?

I:はい、弾いたことあります。

T:素晴らしいオペラでしょう?シンシナティとは2日しか練習せずその後はゲネラル
  プローベと本番。でも随分早く仕上がりましたよ。みんなよく勉強してきていたし
  飲み込みが早い。シアトルでも同様にドヴォルザークの「ルサルカ」を上演しましたが
  これも良かった。
[back to Top]

[センチュリー、オペラ事情]

I:日本でオペラを振られたご経験は?

T:いえ、まだ。 日本にはまだオペラハウスが少ないですよね?
  東京にようやくオペラハウスができたと聞きましたけれど・・・

I:ええ、ようやく国立の常設オペラハウスができました。

T:でも他の都市にはまだない?

I:常設のオペラハウスはありませんが我々センチュリーでも年に2〜3演目は
  オペラをやってます。

T:演奏会形式でですか?

I:いえいえ、ちゃんとした劇場でセットを組み我々はピットに入って完全な上演形式でです。
  この10月・11月にも我々は邦人作品の「天守物語」と「魔笛」の公演が計5回あり
  延べ14日間オペラにかかり切りです。

T:まあそんなものでしょうね。

I:プッチーニ、ドニゼッティ、ヴェルディ・・などといったオーソドックスなものもよく  
  上演していますよ。

T:マエストロ高関さんとですか?

I:いえ。彼とオペラをやったことはまだありません。
(インタビュアー注:ラヴェル「子供と魔法」「スペインの時」を演奏会形式で
演奏しておりました。申し訳ありません)
  彼は常任指揮者として6年間定期などの演奏会を共演してきて我々の現在の演奏
  スタイルを形作ったと言えるでしょう。

T:ええ、高関さんの事は良く知っていますよ。彼は私が首席客演指揮者を務める
  群馬交響楽団の音楽監督ですから。
[back to Top]

[センチュリーのプログラム内容は]

I:我々の編成は2管が基本で小ぶりですから彼は我々にあったあまり有名でなくとも
小オーケストラのための興味深い佳品を意欲的に取り上げてくれました。

T:例えばシュトラウスの「町人貴族」のようなものかな?

I:そうです、そうです。

T:プログラムで見ましたが今度高関さんとストラビンスキーの「3楽章の交響曲」を
  やりますね。あれは難しい。本当の「難曲」だね、リズムが大変!!

I:彼は耳も凄く良いですしリズムはもう完璧です!

T:もちろん よく知っていますよ^^)

I:でも残念なことにこの3月一杯で6年間務めた常任指揮者を退任するんです。

T:もっと短いのかと思っていました。随分長かったんですね。
  でも日本には優秀な指揮者がたくさんいるしね・・・。
  残念ながら小澤征爾は来ないけれどね(笑)
  彼は長かったボストンでの活動を終えてウィーンで振り始めましたからね。

I:ウィーンでの評判はどうなんでしょう?日本人音楽家としては気になりますね。

T:いやぁ 素晴らしい人気ですよ、ウィーンフィルにももちろん非常に気にいられているし。

I:ああそうだ!息子さんがウィーンフィルのメンバーなんですものね。メンバーの評判が
  直接聞ける訳ですね。

T:本当に楽員のウケはいいんだよ。それに彼は全て暗譜で指揮しているんだって・・
  全く驚きだよね。

I:あっもうこんなに時間が経ってしまいました。
  今日は貴重なお時間を頂きほんとうにありがとうございました。
  面白いお話しをいろいろと伺えて感謝しております。
  明日からの練習を含めて一緒に演奏できます事 楽しみになってきました。

T:こちらこそ。
  あなた達は素晴らしいプレーヤーが揃ったオーケストラだと伺っています。
  どうかよろしく。

I:ありがとうございました。


2002.10.10.作成

interview@kaz.

                          戻るときはウィンドーを閉じてください